G-KC1E9S8L4T 介護現場でのADL維持はだれの為なのか|50代介護士、あしたは夜勤です。
介護のこと

介護現場でのADL維持はだれの為なのか

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介護の仕事をしていると、「ADLを維持しましょう」という言葉をよく耳にする。

ADLとは、食事、排泄、入浴、着替え、移動など、日常生活に必要な動作のこと。自分でできることを、できるだけ長く続けてもらう。それは本人の自立を支えるために大切なことだ。

でも、あるひとりの利用者さんとの関わりで、私は考えてしまった。

「できることを続けてもらう」が、いつの間にか「無理をしてでも続けてもらう」になっていないだろうか。

お風呂が大好きな90代男性

以前いた施設でのこと。お風呂が大好きな90代の男性。個浴で、ゆっくり長く浸かるのが何よりの楽しみだった利用者さん。

でも、年齢とともに体力は相当落ちてきており、認知症状についても少しずつ進んでいた。夜はなかなか寝付けず、車いすで廊下を行ったり来たり、居室でぼーっと座っていたりする姿もよく見かけていた。

移動については車いす。立つことやトイレの動作は自分でできる。ただ、その後ベッドに戻るだけでも重労働で、呼吸が整うまでしばらく時間がかかる。リハビリパンツを使用されていたが、直近では間に合わないことが多くなり、衣類に汚れが残る事で尿臭も課題となっていた。介助するにも「自分でできるから。」との気持ちが強く羞恥心への配慮など、課題が増えてきている利用者さんであった。

「しんどいし、辞めとくわ」から始まる入浴

そんな状態だから、入浴の声かけをすると、まずは穏やかな声でこう返ってくる。

「しんどいし、今日は辞めとくわ。悪いな~。次は入るからよ~。」

お風呂は好き。でも体がついていかない。だから最初は必ず断る。そこから説得して、浴室まで誘導するのも相当時間がかかる。

ところが、湯船に浸かると本当に気持ちよさそうなお顔になる。😊✨✨

その施設では、浴槽に浸かる時間は3分程度が一応の目安になっていた。でも本人の感覚では、まだ入ったとこ。しかし、実際には5分以上経っている。

本人には、体がきつくなっている自覚がない。「まだ全然大丈夫」と思っている。だから、声をかけると途端に不機嫌になる。

「なんでそんなに急かすの!風呂くらいゆっくり入らして~や!」

頑固なところもある方で、ストレートに「そろそろ上がりましょうか。」と言うと、余計に意固地になってしまう。だから、話しかけながら気持ちをそらしたり、タイミングを見て誘導したりと、毎回かなり気を遣う入浴だった。

体の負担を減らしたい。でも、本人には気持ちよく入ってもらいたい。この二つを両立させるのが、一番難しい。

ようやっと上がろうとする時には、自力ではなかなか立ち上がれず介助が必要になる。

お風呂から上がった後は、「気持ちよかった」というより、動く気力がもう残っていない状態で、着衣もほぼ全介助になってしまう。

「入浴=楽しみ」だったはずなのに

この方にとって、お風呂は大好きなものだった。

でも、体力の限界を超えてしまうと、楽しみのはずの時間が、体にとっては大きな負担になる。

若い人にとって、お風呂に入ることはなんでもない。でも高齢者にとっては、お風呂に入るだけで相当な体力を使う。これは、現場で何度も見てきた実感。

本人が「大丈夫」と感じているのと、体が実際に限界に近いのとは、別のことだ。

自覚がないからこそ、本人の「大丈夫」だけを物差しにはできない。体の状態に気づいて、無理のない形に整えるのは、近くで見ている私たちの役目だと思う。

でも、それを理由に「だめです」と取り上げてしまうのも違う。本人の楽しみや気持ちを大切にしながら、体の負担をどう減らすか。毎回、その間で揺れていた。

それでもADLの維持を目標として「個浴だから」「自分で入れているから」と、これまで通りの方法を継続することが、本当にこの方のためなのだろうか。

座浴への変更を提案してみた

私は、機械の座浴に変更してはどうかと提案した。

座った姿勢で入浴できる機械浴なら、浴槽をまたぐ動作や、湯船から立ち上がる動作の負担はなくなる。もちろん、全員に合うわけではないし、本人の状態によって適した方法は違う。

でも返ってきたのは、こんな答えだった。

「今は枠がない。もっと早く上がってもらわなあかん。○○さんの対応次第やろ。」

施設の事情があるのも分かる。機械浴の枠は限られているし、職員の人数にも限りがある。

でも、私は現場でこの方を見ていて、「もう個浴は限界に来ている」と感じていた。

ADL維持は、何を守るためにするのか

この男性は、立つこともトイレ動作も、失敗はあるが、自分の力でやれている。その力は、これからもできるだけ守りたい。

一方で、湯船から立ち上がる力は、すでに限界に近かった。

「自分でできること」を守ることと、「できなくなってきたこと」をどう補うか。その両方を考えなければ、本人は無理を続けることになる。

ADLを維持する目的は、動作ができるという評価を保つことではない。その人が安心して、気持ちよく、その人らしく暮らし続けること。そのためには、できることは支え、難しくなってきたことは補う。それが本来のあり方だと、私は思う。

もちろん、方法を変えることにも心配はある。楽な方法に変えることで、その動作をする機会が減ってしまうこともあるからだ。だからこそ、「何を補い、何を残すのか」を、本人の様子を見ながら考え続けたい。

さいごに

お風呂が大好きだったあの方が、「しんどいし、辞めとくわ」と言うたびに、私は考えてしまう。

本人の言葉は大切な情報だ。でも、本人に自覚がない時には、表情や動作、呼吸の様子など、周りが気づける変化も同じくらい大切な情報になる。

昨日までできたことが、今日もできるとは限らない。「まだできるから続ける」ではなく、「今の本人にとって、この方法は合っているか」と考えながら介護ができる人でありたい。

次回は、転倒の危険がある方の「安全」と、その人の生活のバランスについて書いてみる。

ABOUT ME
のぼるちゃん
のぼるちゃん
派遣の夜勤専従として働く、50代の介護士です。介護歴17年、忙しさで心も体も限界を迎えた経験から、今は無理をしすぎない働き方を選んで、少しずつ立て直し中。夜勤専従のこと、介護現場のこと、老後のお金や年金への不安まで、等身大で綴っています😊
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